蛍の手帖

自由に生きると決めた ⑥

前回

⇒ 消えた価値観、生まれる価値観 ⑤

会社員という選択肢が自分の中から消えて、これからの生き方を真剣に考えた。

私が最初に思ったのは、なんせ「自由に生きたい」ということだった。

こう書くと、働きたくないとか、責任のない生活をしたいとか、そういう話に聞こえるかもしれない。でも私が言う自由はそういうことではない。

病気はこの先も絶対になくならないし、生きていくにはお金も必要。仕事をすれば当然責任も生まれる。そこからは逃げられないし、逃げるつもりもなかった。

だから私はこう決めた。

自分の人生について自分でコントロールできる範囲を今より増やす。

いつ働くのか。どこで働くのか。何を仕事にするのか。体調を崩したときに休めるのか。どうすれば人に害されずに済むのか。そういうことを、できるだけ自分で決められる生き方をしたいと思った。

だから、いわゆる受託仕事を中心にしたフリーランスにはあまり魅力を感じなかった。もちろん会社員より自由な部分は多いのだと思う。

ただ、それだと今度は会社の代わりに取引先の納期や都合に生活を左右されることになる。それは本質的に会社員と同じで、私が望む働き方とは少し違うなと思った。

必然的に私が向かうべき方向性は決まった。自分自身の手で何かしらの価値を作ってそれをお金に変える。

とはいえ、そんなことをどれだけ考えても、自分がなにをすべきなのかまったく分からない。いろいろ調べているうちに、個人が自分のサービスを販売できるサイトを見つけた。

そこでは動画編集やWeb制作、占い、悩み相談など、「こんなものまで?」と思える個人スキルがサービスとして売られていた。私はこうしたお金の稼ぎ方を知らなかったので目からウロコだった。

やることは決まった。問題は何を売るかである。何が私に向いているのかも、何ならお金になるのかも皆目検討がつかなかった。だからとりあえずサイト内から需要のありそうなものだけをメモして私は本屋へ向かった。

本屋へ行きメモをしたものの中から、ギリギリ自分が興味を持てそうな分野の初心者本?をいろいろ買った。そこからは実践だ。

ブログを書いたり、Xをやったり、noteを書いたり、YouTubeに動画を投稿したり、本を読んではその内容を私なりに整理して発信した。

今振り返るとこの時期の私はかなり節操がなかった。そして今思えば当然といえば当然なのだが……そのほとんどは鳴かず飛ばずだった。

誰にも読まれないものを作って、誰にも見られない場所に置く。そんなことをしばらく繰り返していた。

でも、そのうちの一つが、3ヶ月ほど続けた頃から少しずつ伸び始めた。理由はよく分からない。

ただ、読んでくれる人が増えて反応がつくようになり、それに合わせて出品していたサービスも少しずつ売れるようになった。売上はまだ微々たるもので、それだけで生活できるような金額でもない。高校生のアルバイト代より少ない金額だ。

それでも自分が誇らしかった。なぜなら、これは正真正銘、自分がゼロから生み出したお金だったから。

そして、私はこのタイミングで開業届を出した。別に開業届を出したからといって何かが急に変わるわけではない。けど、自分の生き方として一つの区切りにはなったと思う。

こうして私は個人事業主になった。

そして今、あれから1年半ほどが経った。現在の私が自分の人生を自由にコントロールできているかといえば……到底そんなことはない。

家にはお金を入れられるようになったし、自分の生活費は自分で賄えている。それでも実家に暮らしている以上、私が望んだ自立には程遠い。しかも最近は、双極性障害もまた悪化傾向にある。

ある人から見れば、今の私は情けない人間に映ると思う。いい歳をして実家に寄生し、過去がどうであれ、自分のやりたい仕事だけを追っている。

でも格好つけても仕方がない。双極性障害は治るものじゃないし、過去も変えられない。他人が私のことをどう笑おうが、私は私なりに今ある現実に対応していくと決めた。

紆余曲折あったけれど、今の生き方に辿り着けて良かったと思う。

まだ理想の自分にはほど遠いけれど、私の力で変えていけるものがある限り、私はこれからも変えていきたいと思っている。


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蛍(@wasuremizu_)