自由に働くために、私が手放したもの
もしあなたが個人事業やフリーランスという働き方に少しでも興味があるのなら、最初に知っておいてほしい現実が一つある。
フリーランスになったからといって、仕事にまつわるあらゆる不自由から解放されるわけじゃない。
何かの自由を手に入れる代わりに別の自由を手放す。会社員には会社員の不自由があって、個人で働く人間には個人で働く人間の窮屈さがある。
個人で働く上で一番現実的な重荷になるのは、やはり収入の不安定さだと思う。
今月20万円稼げたからといって、来月も同じように20万円が入ってくる保証はどこにもない。競合が増えたり、発信内容を真似されることもあれば、使っているプラットフォームの仕組みが急に変わって売上が落ちることだって普通にあった。
私自身、月ごとの収入にはいまだにかなり波がある。実際の収益については別の記事で数字を隠さず公開しているので、気になる人はそちらを見てほしい。(⇒2026年1月〜8月の収益報告)
今の働き方をとても気に入ってはいる。けれど、収入が安定しないことに対して「怖くない」と思った瞬間は本当にこれまでに一度もない。
売上が落ち込む月が続いて、いつかこの生活を維持できなくなるんじゃないかという不安は今でも頭の片隅にずっとある。
会社員やアルバイトなら、出勤できている限りは毎月ある程度決まったお金が口座に振り込まれる。
社会保険に入っていれば、病気で働けなくなってしまっても、条件を満たせば傷病手当金のようなセーフティネットもある。心身に波やハンデを抱えている人間にとって「動けない期間にも一定のお金が入る」という守りは、想像以上に大きな支えになると思う。
一方で、少なくとも私のように自分の商品やサービスを売って生きている場合、働いた時間そのものに対価が支払われるわけじゃない。
何日も頭を抱えて、私なりに考え抜いて作った商品でも、それが売れるかどうかは市場に出してみるまで分からない。何十時間もかけて作ったのに、まったく売れずに終わったこともあった。
会社員時代のように「時間をかけて働いた分だけ稼げる」と思っていると、あっという間に心が折れてしまう。
逆に、私が体調を崩して寝込んでいる日に、過去に作った商品が売れたり、広告から収益が入ると嬉しい。この「働くこと」と「稼ぐこと」が完全に切り離されている感覚は、会社員だった頃とは決定的に違う。
それともう一つ。個人で仕事を始めると、働く時間と休む時間の境界線は簡単に溶ける。
会社のように「今日はここまで」と区切ってくれる終業ベルはない。パソコンさえ開けばいつでも仕事ができてしまうし、逆にサボろうと思えば何日だって何もしないでいられる。
けれど実は、私がフリーランスになって最も大きく変わったと思うのは、実はそうした労働環境の話ではなかったっりする。
私にとって一番大きな変化は、自分の人生に対する「当事者意識」が強く芽生えたこと。
もっと素直な言葉で言えば「自分の人生は、結局のところ自分でどうにかするしかないんだ」と腹を括れるようになったことにある。
機能不全な家庭、いわゆる毒親の元で育った私は、長いあいだ親の顔色や価値観に合わせて、用意された「正解の枠」の中でなんとか生きようとしていた。
初めてうつ病になった10代の頃から、私は「この病気を治すこと」「普通に働ける人間になること」さえできれば、自分の人生はやっと始まるんだと思い込んでいた。
けれど、何年経ってもそんな兆しはどこにもなかった。
いつか自分が「まとも」になってから人生を始めようとしていたら、一生何も始まらないことに気づいてしまった。
親は変えられない。病気も寛解はすれども完治はしない。自分に都合のいい環境をただ待つだけじゃ、このまま歳を食って死んでいくだけ。
それなら、この欠陥だらけの私のまま、自分の手で自分を幸せにするしかない。個人で働く道を選んだことは、私にとってその意識を決定的にするきっかけになった。
そして、ハンデを抱えている人ほど、この「自分の人生を自分で引き受ける感覚」は、生きる上で大きな意味を持つんじゃないかと思っている。
だから、フリーランスが背負うのは不安定な収入や日々の自己管理だけじゃない。
「自分の人生を自分で決めること」と「その結果として起きるすべて」もまとめて引き受けることになる。
これは決して楽なことじゃない。
正直に言えば、会社員として働いていた方が、自分で考えなくていいことは圧倒的に多い。毎月の給料も、働く場所も時間も、休む日さえも、ある程度は会社が敷いたレールが決めてくれる。
病気や先天的なハンデがあるからこそ、その枠組みの中にいる方がずっと楽に生きられる人がいるのも、それはごく自然なことだと思う。
だから私は、誰にでも安易にフリーランスを勧めようとは思わない。
ただ、かつての私と同じように「こうあるべき」という型に自分を無理やり押し込み続けている限り、どうしても自分の人生を生きられない人間がいることを知っている。
(そもそもこのブログはそういう人のために書いている。)
私自身はもう会社員に戻りたいとは思わない。
親や他人に、自分の人生の手綱を握られるのはもう我慢ならない。他人のお仕着せではなく、自分が選んだ結果によって自分の人生を満たしていきたい。
たとえ失敗したとしても自分の選択なら納得がいく。成功もみっともない失敗も含めて、自分で選んだ人生を認めること。私にとってはそれが「自分らしく生きる」ことなんだと思う。
ここまで少し脅かすようなことばかり書いてしまったけれど、もちろん個人で働く良さだってたくさんある。
朝起きるのがどうしても駄目なら昼から仕事を始めてもいい。昼ではなく深夜に作業したって誰にも文句は言われない。
調子がいい日にまとめて仕事を片付けて、体調が悪い日は潔く休む。私自身、そうやって体調の波に合わせて働いている。
朝起きて「今日は天気がいいから出かけよう」とふらっと出かけることもあるし、平日に気ままに旅行に行くことだってできる。
仕事さえ回っていれば、自分の生活や体調のリズムに合わせて、働き方の方をいくらでも変えられるのは、間違いなくフリーランスのメリットだ。
最初に書いた通り、何かの自由を手に入れるなら、何か別の自由を手放すことになる。
フリーランスになると、安定した毎月の給与や手厚い社会保障を手放す代わりに、「自分の時間」や「生き方の主導権」を自分の手元に取り戻せる。
だから私は、本当に大切なのは「フリーランスと会社員のどちらが自由か」という比較ではないんだと思っている。
自分にとって、どの不自由なら耐えられて、どの自由だけは絶対に譲れないのか。
もし、あなたにとってどうしても譲れないものがフリーランスという生き方側にあるのなら。一度くらいその不自由を引き受けてみるのも悪くはないかもしれない。